ハノイとは、ベトナム北部に位置するベトナムの首都。中央直轄市のひとつ。地名の漢字表記「河内」は街が紅河デルタの内にあることに由来。1997年の人口は約350万人。紅河の右岸にあり、ベトナム国内の政治と工業の中心地で、農産物の集散地ともなっている。

ハノイの工業団地

工業団地名面積(ha)進出日系企業備考
ノイバイ工業団地100
Sai Dong B IZ73
Thang Long Industrial Park274日系
Dai Tu - Hanoi IZ40
Daewoo-Hanel (SDA) IZ197韓国系

ハノイの行政区分

  • 区部
    • Hoan kiem
    • Hai ba trung
    • Dong da
    • Ba dinh
    • Tay ho
    • Long bien
    • Hoang mai
    • Thanh xuan
    • Cau giay
  • 郡部
    • Tu liem
    • Dong anh
    • Gia lam
    • Thanh tri
    • Soc son

ハノイの交通

  • ノイバイ国際空港(内排国際空港)
  • ハノイ駅(鉄道)…ベトナム第一の商業都市であるホーチミン(胡志明)市へと向かう統一鉄道の他、中華人民共和国(昆明・南寧方面)へと向かう国際列車も運行されている。

市内交通

  • 市民はカブ・スクーターを生活の足としている。
  • 2002年頃より市バス網の整備を充実させ、2004年には41路線687台を整備したが、まだ需要に追い付いていないのが現状である。

空路(ノイバイ国際空港)

空路国内便

鉄道

ハノイの歴史

  • 7世紀頃 ハノイがベトナムの中心都市となる。唐代には雲南と南シナ海を結ぶ交易路上にあったこともあり、安南都護府がおかれ唐による南方支配の拠点となった。唐末に安南都護府の支配は形骸化し、さらに紅河が当時の海上交易網から外れていったため、その重要性は一時低下した。
  • 11世紀 李朝はこの地を都と定め、農業地帯を統治する拠点とした。李朝の成立以降、1802年に阮朝がフエに都を移すまで王都として繁栄。その間は昇竜(タンロン)、東京(トンキン)など様々な名で呼ばれてきたが、1831年に現在の名称になった。
  • 1873年 フランスに占領。1887年以降はフランス領インドシナの中心地となった。
  • 1940年 日本軍の仏印進駐により、日本の事実上の占領下となるが、1945年8月にその占領状態は終了し、9月2日にハノイでベトナム民主共和国の独立が宣言された。その後、1946年から1954年の第一次インドシナ戦争においては、ハノイも戦場となり、一時フランス軍が占領した。しかし、ベトナム側が戦争に勝利したことにより、ハノイはベトナム民主共和国(北ベトナム)の首都となった。
  • ベトナム戦争中は、橋などの交通施設を中心にアメリカ軍の爆撃を受けた。1976年には南北ベトナムの統一に伴い、統一ベトナムの首都となり、今に至っている。

ハノイの姉妹都市

  • 北京(中華人民共和国、1994年10月6日締結)
  • アンカラ(トルコ)

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関連項目

関連リンク

引用


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